THE HISTORY OF TABLETOP BUSINESS

食器事業の歴史

THE HISTORY OF TABLETOP BUSINESS

食器事業の歴史

良品主義を貫く
ノリタケのDNA
グローバルブランドとして
新たな食文化を創造

確かな品質と感性豊かなデザインで、百年の長きにわたり世界中で愛されてきたノリタケの食器。
家庭での普段使いや大切なお客様のおもてなし用、またホテルやレストラン、機内食などの業務用として様々な「食」のシーンに彩りを添えています。私たちはこれからも日本を代表する陶磁器メーカーとして、最高の品質と品格を備えた食器の提供を通じて皆様に心豊かな暮らしを提案していきます

100年の時を超え、
究極の白色磁器に挑戦

「シェールブラン」―2012年、「親愛なる白へ」という名前を持つ新しい白色磁器シリーズが誕生しました。レースのような繊細なレリーフがくっきりと浮かび上がる、透きとおるような白。触れた手や唇にすっと馴染む滑らかな薄さと、バランスの良い軽さ。
「究極の白い食器をつくりたい」という思いからはじまった新しい白色磁器の開発は、これまでのノリタケを超えようとする多くの技術者が、試行錯誤を繰り返し生みだしたものです。新しい釉薬の開発、薄くても強度を保つための特殊な生地の開発など、どれも一筋縄ではいかず、完成までは約1年半を要しました。しかしその姿は、ひたすらに白色硬質磁器の研究に打ち込んだ創業者たちの姿に重なります。

奮起と絶望の繰り返しで生まれた、
日本初のディナーセット

ノリタケがはじめて白色生地の研究を始めたのは、明治29(1896)年のことです。万博博覧会で見た陶磁器の美しさに感動し、いまだ青みを帯びた灰色の生地にとどまっている我が国との技術力の差に愕然とした大倉孫兵衛が、自社での開発の必要性を痛感し、「西洋人にできて、日本人にできぬことはない」と奮起します。しかし、そんな決意とは裏腹に、失敗に失敗を繰り返し、手がかりさえもつかめない辛い月日が無情にも流れていました。
なんとか白い生地を完成させても、ディナーセットにするには強度が足りず、強くすれば色が悪くなる、ようやくその矛盾を解決させても、今度は底が凹んで平らにならず…待望の国産ディナーセット「セダン」が完成したのは、なんと創立から10年後のことでした。それから大きく飛躍するノリタケの歴史は、多くの人が知る通りです。
その後も第一次世界大戦後の不況、世界大恐慌、太平洋戦争による輸出禁止など厳しい試練もありましたが、どんな状況であっても頑なに品質を守り続けた信念が信頼を生み、民間貿易自由化の到来とともに新たなる躍進が再び始まりました。初代社長・大倉和親は、その快進撃の中でも、決して開発の歩みを止めることはなく、日本初のボーンチャイナの製品化も手掛けています。

その技術は食卓を明るくする。
挑戦しつづけるノリタケのDNA

この世にないものを生み出す研究開発、それは出口のないトンネルにいるようなものです。2018年に発表された無害な赤・オレンジ絵具の開発も、多くの技術者が挑戦し断念することの繰り返しであり、開発の中止が議題にあがることも一度や二度ではありませんでした。
一般的に、鮮やかな赤やオレンジ色の着色には、人体に有害なセレンやカドミウムを含む絵具が使われています。もちろん、焼成すれば溶出することはないものなのですが、当社では製造工程での環境や人に対しての安全性に配慮するために、完全に無害で従来よりも鮮やかな絵具を生み出そうとしていました。
そして20年後―。オレンジ色は数百回ものテストを重ねた末に、ようやく理想の配合率を発見。鮮やかな江戸小紋が美しいテーブルウェアブランド「朱小紋」が誕生しました。また赤色は、電子ペースト事業のノウハウを活かし金属粒子のサイズ調整や分散させる技術を活用することによって、環境にやさしく鮮やかな発色に成功。上品で深い紅をバラの花びらで表現したブランド「ROSE ROSSA」として、多くの方に受け入れられました。
すべては「良品のために」―。品質に妥協を許さないノリタケのDNAが今も確かに受け継がれています。